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個人と法人で違う「名誉毀損」の成立要件とは?

はじめに

インターネットやSNSの普及により、「名誉毀損(めいよきそん)」という言葉を日常的によく耳にするようになりました。特定の個人を誹謗中傷する書き込みや、企業の評判を落とす口コミなど、匿名性が高く拡散力のあるネット上では名誉毀損が非常に深刻な問題となり得ます。

ここで、「名誉毀損」というと多くの方は個人が被害を受けるイメージを持たれるかもしれません。しかし、実は企業や法人も「名誉」が保護される対象となり、名誉毀損が成立する可能性があります。個人であれば、プライバシー侵害や精神的な苦痛が大きな問題になりますが、法人に対しては信用失墜や売上減少、ブランドイメージの低下など、経済的・社会的に大きなダメージが生じる場合も少なくありません。

本記事では、「個人の名誉毀損」と「法人の名誉毀損」の違いや、どのような場合に法的責任が問われるのか、その成立要件やポイントをわかりやすく解説します。ご自身や会社の評判を守るうえで、基本的な知識を身につけるための参考になれば幸いです。

Q&A

Q1:名誉毀損は「個人」にしか成立しないのですか?

いいえ、企業や法人に対しても名誉毀損は成立する可能性があります。個人の場合は「人格的名誉」が問題となるのに対し、法人の場合は「社会的信用」が中心に保護される対象となりますが、いずれも「社会的な評価が低下すること」によって名誉が毀損されると法律上評価されます。

Q2:法人の場合、「名誉」ではなく「信用毀損」という言い方をすることもあるのですか?

法人に対する名誉毀損を「信用毀損」と表現する場合もありますが、刑法上は「信用毀損罪」(刑法233条)は別の条文で規定されています。一般に、虚偽の風説を流布して企業の営業を妨害する行為を「信用毀損罪」と呼びます。一方で、事実を示して法人の社会的評価を低下させた場合、民事上の名誉毀損として損害賠償請求の対象になることがあります。

Q3:個人と法人で名誉毀損の要件が変わるのですか?

名誉毀損罪の基本的な要件は同じです。「公然と事実を摘示し、他人(ここでは個人または法人)の社会的評価を低下させたこと」があれば、名誉毀損が成立し得ます。ただし、個人の場合は人格・プライバシーへの侵害が大きく問題になるのに対し、法人の場合は事業活動や社会的信用の失墜がより重視されます。

Q4:法人は実際にどのような名誉毀損被害を受けやすいのですか?

例えば「製品に欠陥がある」「従業員の接客がひどい」「経営者が犯罪行為を行っている」といった投稿がなされ、それが事実に反して企業のイメージを大きく損なう場合などが代表的なケースです。また、飲食店の場合は「食材が不衛生である」「接客が横柄だ」といったネガティブ情報がSNSや口コミサイトで拡散されることがしばしば問題になります。

Q5:法人に対して名誉毀損が成立した場合、どのような責任が生じますか?

刑事罰としては名誉毀損罪(刑法230条)に該当する可能性があります。また民事的には不法行為として損害賠償請求が認められ、被害を受けた企業や法人は訴訟等で慰謝料や営業損害を請求できる場合があります。

Q6:個人と法人が同時に名誉毀損の被害者になることはありますか?

はい。たとえば「○○会社の社長は横領をしている」というデマが流されたケースでは、社長本人(個人)と会社(法人)の両方が名誉毀損の被害を受ける可能性があります。個人としての信用と会社としての信用の両面に影響が及ぶため、深刻なダメージが生じる恐れがあります。

Q7:事実を言っているだけなのに名誉毀損に当たることはありますか?

事実であったとしても、公然と示す必要がないプライバシー情報であったり、企業秘密に関する情報であったりすれば、名誉感情の侵害や不正競争防止法違反など、別の法的責任を問われる場合もあります。また、刑事上では「公共の利害に関する事実であって真実であることを証明した場合」には名誉毀損罪の成立が否定され得ますが、民事上の損害賠償義務が全く生じないわけではありません。

解説

本章では、個人と法人における名誉毀損の成立要件や、その背景にある法律の考え方についてさらに詳しく見ていきます。

名誉毀損の基本的成立要件

名誉毀損が成立するためには、大きく以下の要素が必要とされています。

  1. 公然性
    不特定または多数の者が認識できる状態であること。SNSへの投稿やインターネット上の書き込み、テレビ・新聞などのマスメディアでの報道などが典型例になります。
  2. 事実の摘示(てきじ)
    「真偽を判定できる具体的な事実」を示すこと。「あの会社は危険な化学物質を使っている」「社長が裏で違法な取引をしている」など、客観的に真偽の判断ができる内容が該当します。一方、「あの会社が嫌い」「あの社長は無能だ」といった抽象的な感想のみだと、名誉毀損としては成立しにくいといえます(侮辱罪に該当する可能性はあります)。
  3. 他人の名誉を毀損する行為
    「社会的評価が低下した」といえる内容であること。たとえ内容が真実でも、その情報を公表することで対象者(個人・法人含む)の社会的地位や評価が下がった場合に、名誉毀損が成立する可能性があります。企業や法人の場合は「営業的評価」や「社会的信頼」が低下すれば要件を満たします。

個人の名誉毀損要件と特徴

個人に対する名誉毀損は、「その人が社会からどう評価されるか」という人格的利益を守るために設けられています。個人特有の以下のような要素が強く関係します。

  • プライバシー権の保護
    個人はプライバシーを尊重される権利を有しています。たとえ事実であっても、私生活に関することや医療情報、家族の事情などを無断で暴露すれば、名誉毀損やプライバシー侵害の責任を負う可能性があります。
  • 精神的苦痛
    個人の場合、名誉を傷つけられたことによる精神的苦痛が大きく問題となり、民事訴訟では慰謝料が発生することがあります。
  • 人格権全般への影響
    名誉毀損と同時に「侮辱罪」「プライバシー侵害」「著作権侵害」「肖像権侵害」など、他の人格権を侵害する行為が伴うケースもあります。

法人の名誉毀損要件と特徴

法人の場合、個人と異なり「身体的」「精神的」といった人格的属性はありません。しかし、法的には社会的存在として人格が認められており、「法人の社会的信用」が保護の対象となります。以下の点に注意が必要です。

  1. 営業上の信用・ブランドイメージの低下
    法人にとっては、企業イメージやブランド価値、取引先からの信頼などが「名誉」として評価されます。たとえばデマが広まり「不祥事を起こしている会社だ」と思われることで取引が白紙撤回される、顧客離れや株価の下落につながるなど、経済的損失が発生する可能性があります。
  2. 事実の真偽と社会的影響
    「不正をしている」「違法行為を行っている」といった投稿が事実無根であれば、法人としては大きな損害を受ける恐れがあり、名誉毀損としての救済を求めることができます。逆に、事実であっても、情報公開が不当な目的や方法でなされれば損害賠償の対象になり得ます。
  3. 刑事事件と民事訴訟の併用
    法人の名誉を毀損した行為が刑事事件として扱われる場合には、警察や検察による捜査・起訴が行われる可能性があります。また並行して法人側が加害者に対して損害賠償請求をするケースもあり得ます。

個人・法人それぞれの具体的事例

個人の名誉毀損事例
  • SNSで根拠のない「不倫疑惑」や「犯罪歴」を流布
    被害者本人はプライベートな事実を暴露されたり、虚偽情報を拡散されたりして精神的ダメージを受ける。同時に社会的評価も下がる。
  • 職場の人間関係トラブルで、同僚に「あいつは窃盗癖がある」と噂を流される
    客観的に真偽を判断できる内容であり、公然と広められれば名誉毀損が成立する可能性。
法人の名誉毀損事例
  • 「この会社は製造過程で違法薬物を使っている」とネット掲示板で拡散
    デマが広がり、商品が売れなくなり、取引先から契約を解除されるなどの経済的損害が発生。
  • 飲食店に関して「食材が腐っている」「従業員に衛生観念がない」という書き込み
    実際には何の根拠もなく、第三者が投稿を鵜呑みにすることでその店の信用が著しく落ちる。コロナ禍などではさらにイメージダウンが深刻化。

個人と法人の名誉毀損が同時に成立するケース

個人と法人の名誉毀損が同時に成立する典型例としては、「企業の経営者や従業員を名指しで誹謗中傷する書き込み」が挙げられます。例えば「○○社の社長である△△は横領で儲けている」といった投稿は、

  1. 社長個人の名誉(人格的評価)が毀損される
  2. 会社(法人)の信用も落ちる

と、二重のダメージをもたらします。このような場合は、社長個人と法人の両方が名誉毀損として訴えを提起することがあり、結果的に慰謝料・営業損害などがさらに大きく認められる可能性があります。

裁判例からみるポイント

名誉毀損に関する裁判例では、次のような点がよく争点になります。

  1. 事実の摘示の有無
    抽象的な評価や感想ではなく、具体的な事実の指摘があったかどうか。
  2. 真実性の有無
    民事の場合、真実であっても違法性が否定されないケース(プライバシー侵害など)もある。刑事では真実であり公共の利害に関わる場合、違法性が阻却され得る。
  3. 被害の程度
    社会的評価がどの程度下がったか、実際にどのような損害が生じたか。法人では売上や取引への影響などが考慮される。
  4. 表現行為の目的・方法
    公共性や公益目的があるのか、単なる悪意・嫌がらせ目的なのか、プラットフォームの拡散力なども判断材料となる。

弁護士に相談するメリット

名誉毀損に関する問題は、当事者同士で解決を図ろうとしても感情的な対立がエスカレートしやすく、被害がさらに拡大するケースが少なくありません。ここでは、弁護士へ相談することで得られるメリットを整理します。

正確な法的アドバイスとリスク判断

  • 個人の被害なのか法人の被害なのか、または両方なのか
    どのように請求すれば効果的か、刑事告訴や民事訴訟の要否など、適切な手続きの選択が重要。
  • どの程度の証拠が必要か
    画面保存やログの取得など、名誉毀損を立証するために有効な証拠の収集方法を具体的にアドバイス。

発信者情報開示請求など専門性が求められる手続き

誹謗中傷の書き込みが匿名で行われている場合、まずは投稿者を特定しなければ損害賠償請求や刑事告訴が難しいです。プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求や、仮処分手続きなど、専門的な法律手続きが絡むため、弁護士に依頼してスムーズに進めるほうが望ましいでしょう。

交渉力と心理的負担の軽減

法人が被害者の場合、相手が複数の加害者であったり、悪質な競合他社であったりするケースもあります。弁護士が代理人として交渉することで、被害者側の心理的負担を軽減し、円滑な解決を図ることができます。また加害者との直接交渉では感情論に発展しがちですが、弁護士が冷静に対応することで事態を迅速に収束させることも期待できます。

損害賠償請求や和解のサポート

名誉毀損による被害が認められれば、損害賠償(慰謝料や営業損害の補填)を請求できます。特に法人の場合は逸失利益(本来得られるはずだった収益)などの算定が複雑になるケースもあるため、専門知識を持つ弁護士に依頼することで適正な金額を請求することが可能です。

まとめ

名誉毀損は個人だけでなく、法人にも成立する

  • 個人の場合は主として「人格的名誉(外部的名誉)」が保護対象
  • 法人の場合は「社会的信用」や「ブランドイメージ」が保護対象

 名誉毀損の基本要件は公然性・事実の摘示・社会的評価の低下

  • 個人・法人いずれも「具体的な事実を公然と示され、評価が下がるか」が重要
  • 抽象的な悪口や感想のみなら侮辱罪などに該当する可能性はあるが、名誉毀損と認定されるかどうかはケースバイケース

事実であっても名誉毀損が成立する場合がある

  • 刑事では「公共性・真実性」の要件を満たせば違法性阻却される場合あり
  • 民事ではプライバシーや表現方法が問題となり、必ずしもセーフにはならない

法人への名誉毀損は営業面のダメージが大きい

  • 売上減少や取引停止など、直接的な経済的被害につながるケースが多い
  • 経営者個人の名誉毀損と併せて発生する場合、被害がより深刻化

早めの弁護士相談でリスクを軽減

  • 発信者情報開示請求や削除依頼手続きなど、専門的手法で被害拡大を防ぐ
  • 損害賠償請求・和解交渉においても有利に話を進められる

名誉毀損に関するトラブルは、ネットやSNSを利用している方・企業にとっては「いつ自分が被害者(または加害者)になるかわからない」身近な問題です。「個人」と「法人」で法律的な扱いが異なるポイントをしっかり押さえたうえで、早期の専門家相談を検討することが大切です。


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この記事を書いた人

⻑瀬 佑志

⻑瀬 佑志

弁護士法人「長瀬総合法律事務所」代表社員弁護士(茨城県弁護士会所属)。約150社の企業と顧問契約を締結し、労務管理、債権管理、情報管理、会社管理等、企業法務案件を扱っている。著書『コンプライアンス実務ハンドブック』(共著)、『企業法務のための初動対応の実務』(共著)、『若手弁護士のための初動対応の実務』(単著)、『若手弁護士のための民事弁護 初動対応の実務』(共著)、『現役法務と顧問弁護士が書いた契約実務ハンドブック』(共著)、『現役法務と顧問弁護士が実践しているビジネス契約書の読み方・書き方・直し方』(共著)ほか。

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